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コラム

「噛めないこと」は、がんよりも深刻なリスクなのか ― 草津町研究から読み解く、補綴治療の本当の意味 ―

— 補綴治療の本当の意味 —

はじめに

高齢期の健康や寿命について語られるとき、「がん」や「心疾患」といった病名が注目されがちです。
一方で、「噛めないこと」「十分に食べられないこと」が、どれほど生命予後に影響しているのかについては、あまり知られていません。

しかし近年、日本国内外の疫学研究から、口腔機能、特に「噛める状態」が生命予後と深く関係していることが、繰り返し報告されるようになってきました。
その代表的な研究の一つが、いわゆる草津町研究です。

草津町研究とは何を明らかにした研究か

草津町研究は、群馬県草津町に在住する高齢者を長期間追跡した地域コホート研究です。
歯の状態、噛む力、栄養状態、身体機能、認知機能といった多くの因子を同時に評価し、死亡や要介護といった転帰との関係を解析しています。

本研究には、窪木拓男先生、前川賢治先生をはじめとする、補綴歯科・老年歯科・老年医学の第一線の研究者が関わっています。
「噛める状態」を研究にどう位置づけるかという視点から設計された点に、この研究の大きな価値があります。

「歯の本数」よりも重要だった指標

草津町研究で特に注目すべき点は、「現在歯数」だけでなく、「機能指数」という概念を用いて解析が行われていることです。

現在歯数とは、ご自身の口の中に残っている歯の本数を指します。
一方、機能指数とは、欠損した部位に義歯やインプラントなどの補綴治療がなされ、実際に噛む機能として働いている歯の数を示す指標です。

年齢や性別、基礎疾患などを調整した多変量解析の結果、死亡リスクと有意に関連していたのは、「現在歯数」よりも「機能指数」でした。

つまり、
歯が何本残っているかよりも、
実際に噛める状態が保たれているかどうかが、
生命予後に強く影響していたのです。

「がんより噛めない方が危険」という誤解について

この結果だけを見ると、「噛めないことの方が、がんより危険なのではないか」と受け取られることがあります。
しかし、これは正確な理解ではありません。

噛めないこと自体が、直接の死因になるわけではありません。
噛めない状態が続くことで、

・栄養状態が低下する
・身体機能が衰える
・活動量が減少する

といった変化が積み重なり、結果として生命予後に影響していると考えるのが適切です。

通院できるうちに行う補綴治療の意味

介護が始まり、通院が難しくなると、歯科医療の選択肢は大きく制限されます。
訪問歯科診療は重要な医療ですが、診療室で行うような精密な補綴治療や咬合調整を、同じレベルで提供することは現実的には困難です。

だからこそ、

・まだ通院できるうちに
・機能が大きく衰える前に
・「使われる義歯」をきちんと作る

ことが、健康寿命を支える上で非常に重要になります。

健康寿命を支える医療としての補綴治療

草津町研究の数字は、決して机上の理論ではありません。
義歯治療を通して高齢者の方と向き合ってきた臨床の現場の実感と、驚くほど重なります。

補綴治療は、
歯を入れるための治療ではなく、
噛める機能を回復・維持し、将来の自立を支える医療です。

義歯の「数」ではなく「質」にこだわる理由は、ここにあると考えています。

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