はじめに|治療前の噛む力を知っていますか?
「新しい入れ歯を作れば、今より噛めるようになりますか?」
「インプラントにすれば、何でも食べられるようになりますか?」
補綴治療を検討されている患者さんから、このような質問をいただくことがあります。
もちろん、義歯やインプラントは、失われた歯の機能を回復するための重要な治療方法です。
しかし、ここで一つ考えていただきたいことがあります。
現在、どのくらい噛めているのでしょうか。
そして、その状態を客観的な検査によって確認したことはあるでしょうか。
私は、特に噛めないことを主訴とする患者さんや、噛み合わせ全体の再構成が必要な患者さんでは、治療前の機能を把握することが非常に重要だと考えています。
なぜなら、治療前の状態が分からなければ、治療によって何が変わったのかを客観的に評価することが難しくなるからです。
今回は、補綴治療を開始する前に考えておきたい機能検査について、ブランカ歯科の診療方針を交えながら解説します。
1.治療前の状態を知らずに、治療結果を評価できるでしょうか
例えば、歩行に問題がある患者さんがリハビリテーションを受ける場合を考えてみましょう。
治療前に、どのくらい歩けるのか、どのような動作が難しいのかを確認しておけば、治療後の変化を比較しやすくなります。
噛む機能についても、基本的な考え方は同じです。
治療前に何ができていて、何ができていないのか。
どの程度の力で噛んでいるのか。
実際に食べ物を噛み砕く能力はどのくらいあるのか。
こうした情報を把握することで、治療の目的をより明確にできます。
ただし、すべての補綴治療で詳細な機能検査が必要というわけではありません。
例えば、小さなむし歯を治療して単独のクラウンを装着する場合と、長期間にわたって歯を失い、噛み合わせ全体が変化している場合とでは、必要な検査は異なります。
大切なのは、患者さんの訴えや治療の規模に応じて、何を評価すべきかを判断することです。
2.咬合力と咀嚼能力は、同じものではありません
ここは、今回の記事で特にお伝えしたい部分です。
「噛む力」という言葉は日常的によく使われますが、歯科医療では、その意味を整理する必要があります。
代表的なものが、咬合力と咀嚼能力です。
【咬合力とは】
咬合力は、上下の歯で噛みしめたときに発揮される力です。
歯の接触状態や残存歯の数、筋力、痛みの有無など、さまざまな要因の影響を受けます。
例えば、奥歯を失っている患者さんでは、噛み合わせを支える部分が少なくなっていることがあります。
また、歯が残っていても、十分に接触していなければ、その歯が咬合力を負担していない可能性があります。
【咀嚼能力とは】
一方、咀嚼能力は、実際に食べ物を噛み砕いたり、細かくしたりする能力です。
食べ物を口の中で移動させる舌や頬の働き、唾液、義歯の安定性なども関係します。
つまり、強く噛みしめられるからといって、必ずしも食べ物を効率よく噛み砕けるとは限りません。
逆に、咬合力の数値だけでは、その患者さんが日常の食事でどの程度困っているのかを十分に説明できないこともあります。
咬合力と咀嚼能力は関連していますが、同じ指標ではないのです。
3.咬合接触を調べることにも意味があります
咬合力や咀嚼能力を考える前提として、上下の歯がどのように接触しているかも重要です。
例えば、奥歯に補綴物が装着されていても、上下の歯がほとんど接触していなければ、その補綴物が十分に機能していない可能性があります。
一方、咬合接触が存在していても、その位置や分布、力のかかり方によっては、特定の歯に負担が集中している場合があります。
ただし、咬合接触の数や面積だけで、噛み合わせの良し悪しを判断することはできません。
咬合接触は、あくまで機能評価を構成する一つの情報です。
特に義歯の場合には、上下の人工歯が接触しているだけでなく、噛んだ際に義歯が安定しているか、残存歯や顎堤にどのような負担がかかるかも確認する必要があります。
そのため、咬合接触、咬合力、咀嚼能力を区別し、それぞれの検査目的を明確にすることが大切です。
4.デンタルプレスケールで何が分かるのでしょうか
ブランカ歯科では、必要に応じてデンタルプレスケールを使用し、噛み合わせの状態を評価しています。
デンタルプレスケールは、専用の感圧フィルムを噛むことで、咬合力や咬合接触の分布などを測定する装置です。
検査結果を画像や数値として確認できるため、患者さんへの説明にも役立ちます。
例えば、左右の奥歯にどのように力が分布しているのか、特定の部分に力が集中していないかなどを検討する際の参考になります。
また、治療前後に同じ条件で測定することで、咬合状態の変化を比較するための情報を得ることができます。
ただし、デンタルプレスケールには限界もあります。
主に噛みしめた状態を評価する検査であり、食べ物を噛んでいるときの顎の動きや、実際に食べ物を粉砕する能力を直接測定するものではありません。
また、測定結果は検査時の噛みしめ方や口腔内の状態などによって変化する場合があります。
そのため、得られた数値だけで診断を確定するのではなく、ほかの検査結果や患者さんの症状と合わせて判断します。
5.実際に食べ物を噛めるかどうかは、別の視点で評価します
咬合力の測定だけでは、日常生活でどの程度食べ物を噛めるかを十分に評価できない場合があります。
そのようなときには、咀嚼能力そのものを評価する方法が役立ちます。
例えば、専用のグミゼリーを噛んでもらい、噛み砕いた程度を調べる方法があります。
また、色が変化するガムなどを用いて、食べ物を混ぜ合わせる能力を評価する方法もあります。
これらの検査は、それぞれ評価している機能が異なります。
どの検査が適しているかは、患者さんの状態や、明らかにしたい問題によって判断する必要があります。
なお、ここで紹介した検査方法は、咀嚼能力を評価する代表的な方法の説明であり、当院で全種類を実施しているという意味ではありません。
機能検査では、検査機器をそろえること自体よりも、何を調べたいのかを明確にすることが重要だと考えています。
6.検査結果と患者さんの自覚症状が一致しないこともあります
客観的な検査は重要ですが、数値だけを見て治療を進めることにも問題があります。
例えば、検査結果では一定の咬合力が認められていても、患者さんが食事中に痛みを感じている場合があります。
また、硬い食べ物は噛めても、義歯の中に食べ物が入り込むため、食事を楽しめないという方もいらっしゃいます。
反対に、患者さん自身は特に不自由を感じていなくても、検査によって咬合接触の偏りなどが確認される場合も考えられます。
ただし、検査で何らかの偏りが見つかったからといって、必ず治療が必要になるわけではありません。
症状がなく、機能的にも問題が少ない場合には、経過観察が適切なこともあります。
大切なのは、検査結果を患者さんの訴えや口腔内の状態と照らし合わせることです。
検査結果は治療を決定するための材料であり、数値を改善すること自体が治療の最終目的ではありません。
7.検査によって、治療方法の選択が変わることがあります
患者さんが「新しい入れ歯を作りたい」と希望された場合でも、検査によって、入れ歯の製作以外に必要な治療が見つかることがあります。
例えば、残っている歯の位置が変化していたり、噛み合わせ全体に問題があったりする場合です。
そのような状態では、義歯を新しく製作するだけで十分な改善が得られない可能性があります。
また、インプラントを希望されている場合でも、インプラントを埋入する位置だけでなく、最終的にどのような噛み合わせを構築するかを検討する必要があります。
インプラントは、歯を補うための有効な選択肢の一つですが、埋入しただけで咀嚼機能の問題がすべて解決するわけではありません。
義歯、ブリッジ、インプラント、あるいはそれらを組み合わせる治療。
どの方法を選ぶ場合でも、現在の状態を分析し、治療によって何を改善したいのかを明確にすることが大切です。
場合によっては、すぐに最終的な補綴物を製作せず、治療用義歯などを用いて段階的に治療を進めることもあります。
8.治療前の記録は、治療後の評価にも役立ちます
治療前の検査には、もう一つ大切な役割があります。
それは、治療後の変化を評価するための基準になることです。
例えば、治療前後で咬合力や接触状態を比較すれば、どのような変化が生じたかを確認するための情報が得られます。
ただし、咬合力が大きくなったことだけをもって、治療が成功したと判断することはできません。
患者さんが食事をしやすくなったか、痛みがないか、義歯が安定しているかなども重要です。
さらに、残存歯や歯周組織に無理な負担がかかっていないか、長期的に使用できる状態かどうかも考える必要があります。
補綴治療では、完成直後だけでなく、その後の経過観察も欠かせません。
治療前の記録を残しておくことは、将来問題が生じた際に、以前の状態と比較するためにも役立ちます。
9.ブランカ歯科が目指すのは、検査から治療までの一貫性です
私は、補綴治療において、検査・診断・分析と実際の治療がつながっていることを大切にしています。
患者さんが何に困っているのかを確認し、その原因として何が考えられるのかを調べる。
必要な検査を行い、結果を分析する。
そして、その結果をもとに治療計画を立て、患者さんと相談しながら治療方法を決定する。
治療を開始した後も、必要に応じて再評価し、計画を見直していきます。
例えば、ミラクルデンチャーを希望して来院された方でも、最初からその義歯を製作することが最善とは限りません。
インプラントを希望されている方についても同様です。
患者さんが希望する治療方法を尊重しながら、その方法が現在の口腔内の状態に適しているかどうかを検討する必要があります。
治療方法は、検査・診断の結果を踏まえて選択するものだと考えています。
まとめ|噛む機能を調べることから始めませんか
歯があることと、噛めることは違います。
そして、強く噛みしめられることと、実際に食べ物を効率よく噛み砕けることも同じではありません。
特に、何度治療しても噛みにくさが改善しない方や、噛み合わせ全体の再構成を検討されている方では、現在の状態を把握することが重要です。
もちろん、すべての患者さんに同じ検査が必要なわけではありません。
必要なのは、患者さんの問題に応じて適切な検査を選び、その結果を診断と治療に結び付けることです。
「どの治療方法がよいのか」を考える前に、「今、どのくらい噛めていて、なぜ困っているのか」を調べる。
ブランカ歯科では、この順番を大切にしています。
【次回予告】
第3回「噛み合わせの検査だけで、本当に噛めていることが分かりますか?」
次回は、咬合接触と咀嚼能力の違いをさらに掘り下げ、静的な噛み合わせの検査だけでは分からない問題について解説します。