前回は、歯を抜いた後に顎の骨がどのように変化するのかについてお話ししました。
歯を抜いた穴は時間とともに治っていきます。しかし、傷が治ることと、抜歯前と同じ形の骨がそのまま残ることは同じではありません。
抜歯後には、歯を支えていた「歯槽骨」に高さや幅の変化が起こります。
特に将来インプラント治療を考えている場合、この骨の変化がその後の治療に影響することがあります。
そこで近年、抜歯するときから将来の治療を考え、抜歯後の骨の形態変化をできるだけ抑えるという考え方が重視されています。
その代表的な方法が、
「ソケットプリザベーション」
です。
今回は、ソケットプリザベーションとはどのような処置なのか、なぜ行うことがあるのかについてお話しします。
1.ソケットプリザベーションとは?
歯を抜くと、顎の骨には歯の根が入っていた穴が残ります。
この穴を「抜歯窩(ばっしか)」と呼びます。英語では「ソケット」と呼ばれます。
「プリザベーション(preservation)」は、「保存する」「維持する」という意味です。
つまりソケットプリザベーションとは、簡単にいうと、
抜歯後に起こる歯槽骨の形態変化をできるだけ抑え、将来の治療に必要な骨の形を残すことを目的とした処置
です。
抜歯窩に骨補填材などを使用し、症例によっては膜などを併用して、抜歯後の治癒をサポートします。
ただし、ここで大切なのは、
「抜歯した穴を骨補填材で埋めれば、そのまま骨になる」
という単純な治療ではないということです。
患者さん自身の治癒能力によって新しい組織が形成されていく環境を整えるために、材料を利用するという考え方です。
2.なぜ抜歯しただけでは骨の形が変わるの?
歯が存在しているとき、その周囲には歯を支えるための歯槽骨があります。
しかし歯を抜くと、歯を支えていた骨にも変化が起こります。
抜歯直後には歯根があった部分に穴が残り、そこに血液がたまります。
その後、
血餅
↓
治癒組織
↓
新しい骨
というように、時間をかけて治癒していきます。
一方で、その過程では周囲の骨にも吸収が起こるため、抜歯前とまったく同じ高さ・幅の骨が残るわけではありません。
特に頬側の骨は薄いことが多く、抜歯後の形態変化の影響を受けやすい部分です。
その結果、抜歯したところが以前よりへこんで見えることがあります。
3.将来インプラントをする場合、なぜ骨を残したいの?
インプラントは顎の骨の中に埋入します。
そのため、インプラントを適切な位置に入れるには、それを支える骨が必要です。
ここで重要なのは、
「どこかに骨があればよい」というわけではない
ということです。
最終的につくる歯の位置を考え、その歯を支えるために適切な位置へインプラントを配置することが大切です。
ところが抜歯後に骨が大きく吸収してしまうと、理想的な位置にインプラントを埋入するための骨が不足することがあります。
その場合、インプラント手術の際、あるいはその前に追加の骨造成が必要になることがあります。
そこで、
「抜歯した後に骨が減ってから対応する」のではなく、「抜歯するときからできるだけ骨を残しておこう」
というのがソケットプリザベーションの基本的な考え方です。
4.ソケットプリザベーションをすれば骨は減らない?
ここは非常に大切です。
ソケットプリザベーションを行ったからといって、
抜歯前とまったく同じ骨の形を維持できるわけではありません。
抜歯をすれば、身体の自然な治癒反応として骨や歯肉には一定の変化が起こります。
ソケットプリザベーションは、その生理的な変化を完全に止めるための処置ではありません。
目的は、
抜歯後に起こる骨の形態変化をできるだけ抑え、将来の治療を行いやすい環境を残すこと
です。
そのため、「骨を保存する」という言葉から、
「処置をすれば抜歯前と同じ骨が100%残る」
と考えないことが大切です。
5.ソケットプリザベーションはインプラントのためだけ?
ソケットプリザベーションというと、
「インプラントをする人だけの処置」
と思われるかもしれません。
確かに、将来インプラントを予定している場合には非常に重要な意味があります。
しかし、考え方としてはインプラントだけに限りません。
歯を失った後には、
・インプラント
・ブリッジ
・入れ歯
・その他の補綴治療
など、さまざまな選択肢があります。
顎の骨や歯肉の形態が大きく変化すると、その後の治療方法や、つくる歯の形にも影響することがあります。
そのため、将来どの治療方法を選択するかまだ決めていない場合でも、骨や歯肉の状態をできるだけ良い状態に保つことに意味があるケースがあります。
つまりソケットプリザベーションは、
「インプラントを入れるためだけの処置」ではなく、「将来の治療選択肢をできるだけ残すための処置」
という見方もできます。
6.すべての抜歯で必要なわけではありません
ここも非常に重要です。
ソケットプリザベーションは、
歯を抜く人全員に必要な処置ではありません。
たとえば、抜歯する歯の周囲に骨が十分残っている場合と、歯周病や大きな根尖病変などによってすでに骨が失われている場合では、条件が大きく異なります。
また、
・抜歯する場所
・周囲の骨の厚み
・骨壁がどの程度残っているか
・感染の状態
・歯肉の状態
・将来予定している治療
・全身状態
などによっても判断は変わります。
つまり、
「抜歯するからソケットプリザベーションをする」
という一律の考え方ではありません。
抜歯前に状態を診断し、必要性を判断することが大切です。
これが前々回お話しした「抜歯前CT」の重要性にもつながります。
7.抜歯前のCTとソケットプリザベーション
ソケットプリザベーションを考えるうえで、抜歯前に骨の状態を把握することは重要です。
CTでは、
・頬側の骨が残っているか
・舌側・口蓋側の骨が残っているか
・骨欠損がどの程度あるか
・根尖部に病変があるか
・上顎洞など周囲組織との位置関係
などを三次元的に確認することができます。
たとえば、一見すると同じような抜歯予定の歯でも、CTで確認すると、
「周囲の骨壁が比較的残っているケース」
と、
「すでに大きな骨欠損があるケース」
では、抜歯後の対応が異なることがあります。
そのため当院では、必要と判断した場合には抜歯前にCTを撮影し、
「抜歯後にどのような骨の状態を目指すのか」
まで考えて治療計画を立てます。
8.「抜いて終わり」から「次の治療につなげる抜歯」へ
保存することができない歯を抜くこと自体は、昔から行われてきた治療です。
しかし現在では、抜歯を単独の処置として考えるのではなく、
その後にどのような治療を行う可能性があるのか
まで考えて抜歯を計画することが重要になっています。
特にインプラント治療では、
抜歯前の診断
↓
抜歯
↓
骨・歯肉の治癒
↓
インプラント埋入
↓
最終的な歯
という一連の流れとして考える必要があります。
ソケットプリザベーションは、この流れの中で、
「抜歯」と「その後の治療」をつなぐための選択肢の一つ
なのです。
まとめ
歯を抜いた後の傷は自然に治っていきます。
しかし、抜歯前と同じ高さや幅の骨がそのまま残るわけではありません。
将来インプラントなどの治療を考えている場合、抜歯後の骨の変化が、その後の治療の難しさに影響することがあります。
そこで、抜歯後に起こる骨の形態変化をできるだけ抑え、将来の治療を行いやすい環境を残すことを目的として行われる方法の一つが「ソケットプリザベーション」です。
ただし、
ソケットプリザベーションをすれば骨がまったく減らないわけではありません。
また、
すべての抜歯で必要なわけでもありません。
大切なのは、抜歯する前に骨や周囲組織の状態を確認し、将来どのような治療を行う可能性があるのかまで考えて、必要な処置を選択することです。
歯を抜くことは、必ずしも治療の「終わり」ではありません。
将来のインプラント、ブリッジ、入れ歯などを考えれば、次の治療のための重要なスタート地点でもあります。
次回は、
「すべての抜歯でソケットプリザベーションが必要?どのような場合に検討するのか」
について、さらに詳しくお話しします。
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